ガラパゴスタ

楽する。楽しむ。生み出す。

アウトプットナルシスト

僕はアウトプットナルシストだと思う。

アウトプットナルシストとは

自分の 成果物 に酔いしれること。ちなみに造語。

アウトプットナルシストの例

僕を例にして、いくつか見ていく。

ダンス動画

僕はダンスラというダンスゲーム用の YouTube アカウントを持っており、たまにダンス動画を投稿する。

www.youtube.com

内容は褒められたものではない。チャンネル登録数もたった 4 であり、これは初心者にすら勝てない数字。僕は注目という観点では底辺なのである。

でも僕は自分の動画がダンスラ界隈で一番だと思っている。僕の性癖は「滑りの持続」だ。これはランニングマン(片足を二回ずつ引く動作でシャッフルダンスの基本動作の一つ)の維持を意味する。残念ながら、これを行う物好きはいない。だからこそ僕自身で実現する必要があった。そして実現した。

誰も開拓していない性癖を、自らの手で実現した――

これほど気持ち良いことがあるだろうか。

ブログ

僕は「過程」を残すのが好き。頭が弱くて(ワーキングメモリ弱すぎて)残しながらじゃないと思考もままならない、という事情もあるからか、意味もなく残そうとする。

その大部分は公開していないが、公開しているのもある。ブログ。

で、これら書いたものは、あとになって読み返す。読み返して「ああ、俺良いこと書いてるなぁ」とか「こんなにたくさん書いてきたんだなぁ、すごくない?」などと酔いしれる。うっとりする。30 分くらい普通に潰せる。

日記

僕は毎日ガラケーで日記を書いている。

これを毎日 Gmail に送り、PC からコピペして溜めている。

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主に支出記録用途なのだが、印象的な出来事などは書くようにしている。2013 年くらいから今までずっと続けてきた。溜まっている量も相当で、たとえば「毎日一年前の自分と比較する」なんてこともできる。すごくない?

隙間なく敷き詰められた日付の列挙を見ると、それだけで自信がみなぎってくるというものだ。これだけまめな人間はそうはいない。僕は選ばれし人間だ。

タスク管理

僕は日々 Tritask でタスク管理をしている。

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始めたのは 17/07/22 から、とやや歴史が浅いが、これのおかげでいつ何をしていたのかが大体わかる。「ああ、これが俺の歴史なんだなぁ……」としみじみしながら読み返せるし、テキトーにスクロールして流し読みするだけでも「こんなに記録してきたんだなぁ」と物量を感じることができ、酔える。

アウトプットナルシストになるために

アウトプットナルシストとして過ごすために必要な心構えや行動をいくつか紹介する。

誰もやってないことをやって成果を残す

別に「あえてやる必要がないこと」や「やろうと思えばできるけどまっとうな人ならやろうとしないこと」でもいい。この世に生み出されないことを生み出した時点で、勝ちだ。

一つ例を挙げる。僕が最近生み出したのは、上述もしたがランニングマンだ。これを僕は 2 分くらいひたすら続ける。

普通はそんなことはしない。ダンスラというダンスゲーム(あるいはその元となるダンスであるシャッフルダンス)はパフォーマンスであって、「ランニングマンという瞬発的な動作を 2 分も続ける筋トレ」ではないからだ。まず体力が保たないし、何よりダサい。二重の意味で、誰もやろうとしない。それを僕は成し遂げてきた。

過程も残す

通常、残すものと言えば成果や結果だけだろう。過程は残さない。むしろ(努力過程などはダサいし見栄えも整ってないため)残っていたとしても見せたくはない。

でもアウトプットナルシストは積極的に残す。見せることを前提として過程をあえて残す。

過程を残せば「俺はこれだけ頑張ってるんだよ」という証明になる。歴史になる。読まれなくてもいい。整ってなくてもいい。残っていること、そしてそれを蓄積していることが肝心なのだ。

物量を残す

成果にせよ、過程にせよ、物量は多ければ多いほどよい。数の力で酔えるからだ。

僕の日記はまさにこれ。2013 年の途中から今まで、毎日欠かさず書いている。仮に 2014 年からとしても 5.5年。およそ 2000 日もの日記が記録されている。暴力的な蓄積だ。この数字だけで自分に酔える。テキストファイルを開いて、そのスクロールバーのつまみの小ささを見るだけでうっとりする。

物量は正義だ。質よりも量。まずは残す。とにかく残す。物量は、僕を安心させてくれるし、酔わせてくれる。

自信を持つ

無知でも構わないから、とにかく一人前のように振る舞う。

僕のこのブログはまさに自信に満ちあふれている。一度経験しただけのことを経験者のように語ったり、自分で作った仕組みやプログラム(大したことなくてその筋の人なら誰でもつくれるもの)を先生のように紹介したり、自分で編み出した概念を偉そうに解説したりしている。あとは、あえて小難しい言葉を使って酔ったりとか。

ともあれ、こういう一種の演技をしていると、本当にそういう気分になってくるから不思議だ。気持ちが高揚し、続けたくなる。結果として年単位でアウトプット習慣が続くという好循環も手に入ることも。

おわりに

ナルシストというと自身の容姿と言動に注目しがちだが、それだけではない。自身の成果物を用いることもできる。

もし「容姿や言動に自信はない」「でもナルシスト気質である」ような人がいるなら、ぜひ自分の成果物を使ってみることを検討していただきたい。